Nostalgia

漢詩

はじめに

以前に杜甫の『貧交行』という詩についての投稿をしました
その杜甫と同時代に生きた李白という詩人がいます
杜甫は詩聖と呼ばれましたが、李白は詩仙と呼ばれました
そんな李白の詩に、次のようなものがあります

静夜思 - 李白
牀前 月光を看る
疑うらくは是 地上の霜かと
頭を挙げて 山月を望み
頭を低れて 故鄕を思う
口語訳 - 筆者
寝台の前の床に降り注ぐ月の光を見ると
まるで地上におりた霜ではないのかと疑うほどであった
頭を挙げて山の端にある月を見て
頭を垂れて、故郷を思っている

『静夜思』という題の詩ですが、今回は別にこれを紹介するためにブログを書いているわけではなく、単純に今回のテーマに最もふさわしい詩だったので冒頭で紹介しました

Nostalgia

では本題に入りましょう

今回のタイトルになっているNostalgiaという言葉の意味をご存知でしょうか

ノスタルジア(英: nostalgia)またはノスタルジー(仏: nostalgie)とは、
・異郷から故郷を懐かしむこと。同義語に郷愁(きょうしゅう)・望郷(ぼうきょう)など。
・過ぎ去った時代を懐かしむこと。同義語に懐古(かいこ)・追憶(ついおく)など。

Wikipedia – ノスタルジア

みなさんは故郷というものをどう考えているのでしょうか
きっと人それぞれだと思います
すでに忘却の彼方にある過去の一部だったり、もしくはいままさに生活を営んでいるその場所だったり
僕にとってはどちらかというと前者ですが、しかし僕は忘却まではできていません
過去を忘却することの良し悪しについての議論はあるでしょうが、少なくとも今のところ18年の歳月を過ごしてきた故郷を忘却することはできそうにないです
出身は長崎県ですが、大学時代に京都に4年、川崎にきて2年目ですので、やはり人生の大半を過ごしている土地が故郷ということになります

ですが、先に身も蓋もないことを言ってしまえば、僕は就職して川崎に来てから、いや、就職する前の大学時代だって、きっともう生活の拠点を長崎にすることはないだろうと思っていました
戻る気もさらさらなかったですし、たまに帰省して少ない友人に会えればそれで十分だったのです
それ以上は求めなかったし、必要だとも思っていませんでした

しかし、そのまま今もその考えだというのならば、冒頭に挙げた李白の詩は意味をなくしてしまいます
現在の僕の考え方としてはほぼ真逆だと言っていいと思います

僕が考え方を変えたのは昨年の10月から、ですのでほぼ1年前ですね
5年間ずっと別に帰りたいとは思っていなかったのですが、しかし昨年の10月に僕の祖母が亡くなったのがきっかけで、その考えは一変しました

祖母には言い尽くせないほど世話になりましたし、感謝もしています
常に優しく、いつでも味方をしてくれていたように思います
思い起こす限りでは「怒られた」と思ったことはなかったような、優しく諭してくれる人でした

実家と祖母の家が距離にして100メートル程度しか離れていないこともあって、実家にいたときは割と頻繁に祖母の家には遊びに行っていました
もっと小さい頃は、父のいないときなどに母や弟と一緒に泊まりに行ったりもしていました
大学に入って地元を離れてからも、やはり帰省するたびに祖母の家は必ず訪ねていました
特に僕は友人が多いほうではないので、帰省しているときに暇になることが多く、そういう時は祖母の家に行って話し相手をしてもらったりもしていました
おそらく、父よりも話をすることは多かったんじゃないかと思います

そんな祖母が亡くなったという連絡を貰ったのは去年の10月、朝に職場についてスマホを確認すると父から電話とメールが来ていて、その内容を確認して知ったという感じでした
ちなみにこれは余談ですが、その時までは仕事中はスマホをサイレントモード(音も振動も出ないやつ)にしていたのですが、それからはバイブレーションモードにしています

連絡を貰った時は正直「なにを言ってるんだろう?」という感じでした、ショックで現実逃避しているとかではなく、本当に冗談か何かだと思っていたんです、父には失礼な話ですが
でもそれくらい信じられませんでした、別に病気だったわけでもなかったし、そういう話も聞いていなかったので、そもそも信じるほうが合理的ではなかったというのが正しいと思います

そうはいっても、そういう連絡を受けた以上は信じられないとか合理的じゃないとか、思うことはあっても帰らないわけにはいかないので会社に早退すると報告して実家に帰ったわけです
帰りの飛行機の中でも能天気にも全く信じていなかったんですよね

しかし、現実は否応ありませんので、もちろん事実として祖母は亡くなっていて、僕がそれを信じざるを得なくなったのは祖母の家で、祖母の顔を見てからのことでした
空港から祖母の家までの道でも全く実感が湧かなかったし(さすがにこの段階では迎えに来た父に会っているので、少なからず「ああ、もしかして本当なのか」と思いもしましたが)、きっと完全に信じ切れてもいなかったと思います

会社で連絡を受けて、祖母の家の前につくまでの間は悲しみも全くなく、一秒たりとも泣いていませんでしたが、実際に状況を確認して、どうやら事実らしいということが分かると、途端に悲しみは溢れ、臨界などすぐに超えて、それは嗚咽となって溢れ出るばかりで、もう泣くという行為を何年忘れていたか分かりませんが、きっと過去を思い返してもあの日が一番泣いた日だと思います

この話がノスタルジアとどう関係しているのかということですよね

祖母が亡くなってから数日間、僕は実家に滞在していたのですが、特に様々な儀礼の関係もあって祖母の家に行くことも多く、親戚の皆さんに会うことも多かったわけです
そんな中で、祖母の家を歩くたびに記憶がよみがえってくるわけですよ
そのたびに、果たして祖母に恩返しはできていたのか、ありがとうと礼を言ったことは一度でもあったかと自問を繰り返していました
祖母自身はそんなことを気にする人じゃないのは分かっていましたが、それでもです
今更後悔しても何にもならないことはもちろんわかっていますが、それでも思わずにはいられないのが人間です
考えるたびに、自分のいまの考え方が正しいのか、ということに疑問が浮かんだのです

よくよく考えずとも順当に行くならば父と母もあと数十年でいなくなってしまうのに、このままではまた同じような後悔をしておしまいではないか、そう思わずにはいられませんでした
これを書いている今でさえも

そういったきっかけもあって、故郷について思いを巡らせることが多くなったわけです
それまではただの過去の一頁でしかなかった、そうとしか考えていなかったのですが、考えるたびに現在進行形として、自分の中で存在が大きくなっているような気がします

追憶の中の風景こそ、現実に本当に欲しいものではないのか
その風景を与えてくれた人に対して、もっと何かすべきことがあるのではないか

今ではそう思います

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